東京地方裁判所 平成9年(ワ)21903号 判決 1999年9月14日
原告 株式会社さくら銀行
右代表者代表取締役 甲山A夫
右訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 道あゆみ
同 加藤君人
同 吉田昌功
同 志賀剛一
同 飯田藤雄
同 森田貴英
被告 乙早B友
右訴訟代理人弁護士 内田雅敏
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
被告は、原告に対し、金二〇三万五五九七円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、原告が被告に対して貸金についての連帯保証債務の履行を請求したところ、被告において、右保証契約の成立を争った事案である。なお、原告の分離前相被告a警備保障株式会社に対する貸金の支払と同被告丙谷C子、同被告丁沢D郎に対する連帯保証債務履行の各請求については、欠席判決により、既に原告勝訴が確定している。
(前提となる事実)
1 原告は、平成二年九月五日、有限会社b企画との間で、銀行取引約定書を締結した<証拠省略>。
有限会社b企画は、昭和五八年九月六日に設立された有限会社c商事が平成元年一二月一〇日に商号変更されたもので、その後、平成四年四月五日にd企画有限会社へ商号変更され、さらに、平成六年九月一九日にa警備保障株式会社へと組織変更され(以下これらの一体性のある法人を「訴外会社」という。)た<証拠省略>。
2 丙谷C子(以下「C子」という。)は、昭和五二年五月二七日に被告と婚姻して「乙早」姓の戸籍に入り、平成三年一一月二〇日に協議離婚して「丙谷」姓になった<証拠省略>。
訴外会社の代表取締役は、平成二年四月二日の登記で、C子(「乙早C子」)が同年三月一二日に辞任して、被告が同日就任し、平成三年一一月二八日の登記で、被告が同年一〇月五日に辞任して、C子が同日就任し、以来、C子が重任している<証拠省略>。
3 原告は、次のとおり、訴外会社に対し、証書貸付により、合計一一〇〇万円を貸し付け(以下この全体を「本件貸金」といい、個別に順次「本件一貸金」、「本件二貸金」、「本件三貸金」という。)た<証拠省略>。
(一) 貸付日 平成二年九月六日
貸付元本 一〇〇万円
最終弁済期 平成七年八月三一日
元本支払方法 元金均等六〇回払
平成二年九月末日を第一回として、毎月末日限り、金一万六七〇〇円を支払う。但し、最終弁済期は金一万四七〇〇円とする。
利息支払方法 平成二年九月六日を第一回、平成二年一〇月一日を第二回をとして、以後毎月末日限り前払
約定利率 年八・五パーセント
遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
(二) 貸付日 平成三年四月三〇日
貸付元本 五〇〇万円
最終弁済期 平成八年四月三〇日
元本支払方法 元金均等六〇回払
平成三年五月末日を第一回として、毎月末日限り、金八万三〇〇〇円を支払う。但し、最終弁済期は金一〇万三〇〇〇円とする。
利息支払方法 平成三年四月三〇日を第一回として、毎月末日限り前払
約定利率 年八・三七五パーセント
遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
(三) 貸付日 平成三年八月九日
貸付元本 五〇〇万円
最終弁済期 平成八年八月三一日
元本支払方法 元金均等六〇回払
平成三年九月末日を第一回として、毎月末日限り、金八万三〇〇〇円を支払う。但し、最終弁済期は金一〇万三〇〇〇円とする。
利息支払方法 平成三年八月九日を第一回、平成三年九月二日を第二回として、以後毎月末日限り前払
約定利率 年八・一二五パーセント
遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
4 原告の訴外会社に対する本件貸金の請求は、
(一) 本件一貸金につき、残元本三五九七円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金
(二) 本件二貸金につき、残元本八五万円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金
(三) 本件三貸金につき、残元本一一八万二〇〇〇円及びこれに対する平成八年九月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金
である(弁論の全趣旨)。
(判断すべき事項)
本件貸金について、原告と被告との間における連帯保証契約の成否
1 原告の主張
被告は、平成二年九月五日に訴外会社が原告と銀行取引約定書を締結した際、原告との間で、訴外会社が原告との右取引によって原告に対して負担する一切の債務について、これを訴外会社と連帯して保証することを約し、本件一貸金、本件二貸金及び本件三貸金の際、被告は、いずれも訴外会社の右各債務について、これを訴外会社と連帯して保証することを個別に約した(以下この包括保証ないし個別保証の全体を「本件保証」といい、個別の保証を順次「本件一保証」、「本件二保証」、「本件三保証」という。)。
(一) 原告と被告との間の直接の契約
本件保証は、いずれも、原告の担当者が被告と面談したうえで、被告自身が署名押印して契約書が作成された。
(二) 原告と被告代理人C子との間の契約
仮に、前記(一)の直接の契約がなかったとしても、本件保証は、いずれも、原告と被告代理人のC子との間で、被告の授権に基づき、C子が被告の署名を第三者に代筆させて契約書が作成された。
(三) 原告と被告代理人C子の表見代理による契約
仮に、前記(二)の授権がなかったとしても、被告は、実印や印鑑登録カードをC子に貸し出し、訴外会社の代表者でありながら、その業務全般をC子に委ね、訴外会社の業務にかかわる被告個人の事実行為・法律行為の代理権も一定程度授権しており、原告は、いずれも、C子が越権して本件保証をしたことについて、善意無過失であった。
2 被告の主張
原告の主張はいずれもこれを否認する。
(一) 署名等の偽造
銀行取引約定書(甲一)の本件保証と本件貸金にかかる各金銭消費貸借契約証書<証拠省略>中の本件一保証、本件二保証及び本件三保証の各連帯保証人欄の住所氏名の記載は被告の自署でないし、印影も被告の印章によるものでなく、いずれも偽造されており、被告は右各書面の作成に一切関与していない。
平成三年三月一五日付け印鑑登録証明書(甲三の2)は、被告の真正な実印であるが、これは被告において申請したものでなく、C子から他の目的で必要と言われて印鑑登録カードを渡したものである。
(二) 事情
被告は、C子と平成三年一一月二〇日に離婚する前、平成三年七月末から、C子と別居していた。
訴外会社はもともとC子の経営であって、被告は、一切これに関与しておらず、訴外会社の印章等を保管していたのはC子であり、被告は、一時的に代表者として名義を貸していたに過ぎない。
三 当裁判所の判断
1 被告は、銀行取引約定書(甲一)の本件保証と本件貸金にかかる各金銭消費貸借契約証書<証拠省略>中の本件一保証、本件二保証及び本件三保証の各連帯保証人欄について、住所氏名の記載は被告の自署でなく、また、印影も被告の印章によるものでなく、いずれも偽造である旨主張して、その被告の作成名義部分の成立を争うので、これを判断する。
(一) まず、証拠(被告)によれば、甲三の2〔平成三年三月一五日付け印鑑登録証明書〕、甲一一〔平成二年七月一八日付け同証明書〕及び乙一〔被告の印章による印影〕について、これらがいずれも被告の印鑑登録された同一印章による印影であることが認められ、この印影は、直径一五ミリメートル大の丸印で「乙早」と「B友」が右側と左側にそれぞれ縦書で刻されたものである。他方、甲一ないし二の3の各該当箇所の「乙早B友」なる丸印の印影は、それぞれ、その大きさ、字体、形状等からして、おそらく同一の印章による印影であると認められる。
そこで、前者の印影と後者の印影とを対照すると、両者ともに、丸印の大きさ自体はほぼ同一であり、字体の種類や大きさも類似しているが、なお仔細に対比しながら、「早」の文字の右上の欠け方(つぶれ方)や「友」の文字の左下半分の字体の形状などの点に着目すれば、両者が異なるものであることが容易に判別でき、これは朱肉の付き具合による印影の違いを超えた顕著な差異というべきであるから、両者は互いに異なる印章による印影であると認められる。
(二) そして、証拠(鑑定結果〔被告の筆跡〕)によれば、銀行取引約定書(甲一)の本件保証と本件貸金にかかる各金銭消費貸借契約証書(甲二の1~3)中の本件一保証、本件二保証及び本件三保証の各連帯保証人欄における被告の署名の筆跡と、本件訴訟における被告の宣誓書、訴訟委任状及び原告上野駅前支店取扱いの被告普通預金印鑑届(甲一二)に各記載の被告の署名の筆跡とを対照した結果、①甲一と甲二の1〔本件一貸金関係〕、②甲二の2〔本件二貸金関係〕と甲二の3〔本件三貸金関係〕、③被告の宣誓書、訴訟委任状と甲一二の三つのグループに大別されて、それぞれ右グループ毎に同一人の筆跡と推定されると結論付けたことが認められ、この鑑定の手法や判断過程において、特に不自然で合理性に欠ける箇所は窺われないので、銀行取引約定書(甲一)の本件保証と本件貸金にかかる各金銭消費貸借契約証書<証拠省略>中の本件一保証、本件二保証及び本件三保証の各連帯保証人欄の被告の署名は、被告の自署によるものではないことが認められる。
してみると、原告は、銀行取引約定書(甲一)の本件保証と本件貸金にかかる各金銭消費貸借契約証書<証拠省略>中の本件一保証、本件二保証及び本件三保証の各連帯保証人欄について、住所氏名の記載がいずれも被告の自署で、印影も被告の印鑑登録された印章によるものと主張するのであるから、右の検討のとおり、右各書面の被告の作成名義部分について、その真正な成立は認められないものと判断する。
2 次に、<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 訴外会社は、商品の流通に関する情報の収集、提供業務、経営コンサルタント業、店舗の新設並びに改装の企画及び管理の業務、家庭台所用品、電気器具、健康医療器具、陶器、医薬品の販売並びに輸出入、レストラン・喫茶店・飲食店の経営等を目的として、C子が設立した会社であり、平成六年九月一九日にa警備保障株式会社に組織変更して、建物内外及び建築土木現場における警備等を目的とする会社になった。
そして、訴外会社の代表取締役は、平成元年一二月一〇日に有限会社b企画と商号変更した後、平成二年三月一二日まではC子であったが、C子の同時に経営していた警備を目的とするサンパワーという会社の関係で、未成年者を警備員として雇用したことを理由に行政処分を受けて刑事罰で書類送検されるなどしたため、形式上、C子が退くこととして、右同日から平成三年一〇月五日まで被告が就いたが、経営はC子が掌握していた。
(二) 平成二年当時、被告は江ノ島のレストラン「e」の支配人をしており、被告とC子の生計は、被告のeレストランでの給料とC子の訴外会社での収入で成り立っていた。
平成二年九月当時は、C子が被告名義で借金をするなどの問題があったため、被告の実印は被告が管理していたが、印鑑登録カードの方はC子もその所在を知っていた。被告は、C子から頼まれて警察関係に出す書類に被告の印鑑登録証明書が必要であるとの理由で、C子に対し、一、二回、登録カードを渡したことがある。
その後、被告は、平成三年二、三月ころから、C子の要望で、訴外会社のかかわっていた蒲田駅のレストラン「f」のコンサルタント業に三、四か月ほど従事していたが、被告とC子は、平成三年七月末に別居し、同年一一月二〇日、協議離婚した。
被告は、平成七年か八年ころ、横浜市信用保証協会から通知が来て、被告が本件保証に基づいて本件貸金の連帯保証人となっていることを知った。
(三) 他方、C子は、平成二年九月ころ、原告から訴外会社に対する融資を得るため、原告藤沢南支店の担当者である戊野E介と交渉を重ね、同月五日、銀行取引約定書を締結し、同月六日に本件一貸金の実行を受け、その後、原告の後任の担当者である己原を介して、平成三年四月三〇日に本件二貸金、同年八月九日に本件三貸金の実行を受けた。
3 なお、証人戊野E介は、平成二年九月四日から同月六日までのいずれかの日に、被告の面前で、銀行取引約定書の本件保証、本件一保証及び横浜市信用保証協会の信用保証委託契約書の連帯保証につき、意思確認をして署名押印を求めた旨証言するのであるが、本件貸金に至るまでに、C子とは一〇回以上面接しているのに対し、被告と会ったのは一度だけで、その際にも身分証明書等で本人確認をしていないことを自認しているから、鑑定の結果にも照らし、同証人の右証言部分は措信しない。
4 以上の結果を踏まえて検討すると、まず、前記二(判断すべき事項)1原告の主張(一)については、前記1の検討のとおり、本件保証の各際に、いずれも、原告に対して被告が直接に連帯保証の意思表示をしたとは認められず、特に本件三保証は、右の認定事実から、被告とC子が別居した後の取引であることも明らかであって、右の原告の主張は認められない。
次に、同原告の主張(二)については、本件保証の各際に、被告の授権に基づき、C子が被告の署名を第三者に代筆させて本件保証がそれぞれ成立したとするのであるが、予めの授権があるならば、真正な被告の実印を用いることができたはずであり、契約の実態としても、訴外会社に対する本件貸金を成立させるために、第三者の男性に代表者である夫と名乗らせて、原告の担当者を誤認させ、契約を締結すること自体が不自然であって、このほかに右の授権を裏付ける的確な証拠もないから、この原告の主張も認められない。
そして、同原告の主張(三)については、民法一一〇条の表見代理を前提にするものと窺えるものの、その基本代理権として何を主張するのか不明確であり仮に、何らかの基本代理権があったとしても、原告において、C子又はこれに同行したと思われる男性が被告の実印として使用した印章による印影と徴求した真正な被告の印鑑登録証明書の印影について、正しく印鑑照合を行ってさえいれば、両者が異なることに容易に気づいたはずであり、そうして、さらなる事実調査の契機となったことは必至であろうから、この点の落ち度は原告のような金融機関としては重大というべきであり、真正な被告の印鑑登録証明書を持参するなどして、如何に右の男性が訴外会社の代表者又はC子の夫の如く、至極、自然に振る舞ったとしても、権限ありと信ずべき正当の理由があるものとは判断できないところであって、結局、右の原告の主張も認めることはできないことになる。
5 したがって、原告の請求は理由がない。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 平田直人)